2017-08

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

サクラのためなら - 2017.06.21 Wed

動物病院の診療台であんなに奇麗だったグリーンの瞳がサーッと曇ってしまった。
それが猫のサクラが旅立った瞬間でした。

サクラが我が家にやって来たのは15年前。
二人の息子たちがまだ小学生の時でした。

ずっと犬を飼ってはいましたが、子供たちにとり初めての子猫は犬以上の存在だったに違いありません。
最初の予定では外で飼うはずが、いざ来てみたらなんとも高価そうな猫じゃありませんか。
サクラを頂いた元の飼い主さんからも、家の中で飼ってあげてくださいとのこと。
やむを得ない、家の中か・・・
この時からサクラとの共同生活が始まりました。

サクラが10歳になるころ。
強く反対し続けていたのですが、私の意見などが通るはずもなく・・・
ひとりではサクラが寂しいからともう一匹、猫を飼うことになります。
それが白い三毛猫の小麦です。

「かわいい子が産まれたよ」とご近所の奥さんがエプロンのポケットから取り出したのが初対面。
初老を迎えたサクラと子猫の小麦は何もかもが対照的でした。
割と素っ気ないサクラと、人懐こく甘えん坊の小麦・・・
長毛種で派手目なサクラと、庶民派の小麦・・・
おちょぼ口で上品なさくらと、だみ声で元気のいい小麦・・・

サクラの遊び相手として、サクラに似た感じの猫を欲しがっていた家族も徐々にコム(小麦の愛称)の虜になっていきました。
おとなしい老猫に代わって、若きコムが我が家の中心になるのにそれほど時間は必要ありませんでした。

子供たちが高校を卒業して家を出てからも、病気ひとつしたことがないサクラはまだまだ元気。
少なくとも20歳までは大丈夫って、何の心配もしていませんでした。
それが急に逝ってしまった。

なかなか帰って来ない子供たちも、その日の夜に駆け付けてくれました。
サクラが好きだったパンとシーバ、トウモロコシを供え、最後に改めてサクラを抱いてお別れをしました。

サクラは我が家に来て幸せだったと思います。
どんなに小麦が可愛くても、二人の息子にとって物心ついて初めての宝物はサクラ・・・
サクラとはいつも一緒。
スマホの待ち受けもサクラです。

サクラ


スポンサーサイト

お正月 - 2017.01.13 Fri



新年あけましておめでとうございます。
投稿数は少ないですが、本年も地味~に更新していくつもりです。
どうぞよろしくお願いいたします。

例によって昭和40年代の話から・・・
当時の正月は今よりも確実に「お正月」という季節感がしっかりとありました。
隣近所から子供たちが集まり、男の子はほぼコマを回して凧を上げる、それがどこでも見られたお正月の風景。
遊びにもシーズンがありコマも凧も潮が引くように自然にフェードアウトする・・・

富士山に移住してから27年目。
この辺りで今までそんな光景に出会うことがなかった。
地域性なのか時の移り変わりなのかは分かりませんが、世の中って急速に変わっているのかなと感じます。

大みそかのお茶の間は年越しそばを食べ、レコード大賞から紅白歌合戦、そしてゆく年くる年の除夜の鐘が定番コース。
それをを聴き終わる頃、初詣にそろそろと出掛ける。
幼少の頃にできた唯一の夜更かしは、不思議と眠気を感じなかったですね。
夜の神社は本当に活気にあふれ、その寒さも心地良かった。

元日はお昼前に起きてくると、テレビにはお笑いの正月特番がズラリと並ぶ。
おせち料理と餅だけの生活もさすがに飽きるわけですが、日本中が一斉にお休みの時代、それはそれで特別感があって良かったように思います。

三が日が過ぎる頃、子供たちはお年玉を持っておもちゃ屋さんへまっしぐら。
普段見ぬお札を使えるのは一年でこの時だけ、みんなテンション上がりまくりでしたね。

欧米の冬はクリスマスプレゼントですが、こちらは現金支給。
よく考えたらすごい風習。

良いのか悪いのか・・・




ゴッドファーザー PART II のテーマ『The Immigrant(移民)』

大河ドラマを3分で表したような曲。
ニーノ・ロータって素晴らしく繊細なメロディーを書きますね。


母方の実家~その1 - 2016.10.14 Fri



母親の実家はとある神社(地域の氏神様が祀られたお宮)の隣にありました。
狛犬にまたがり、境内でかくれんぼ・・・
どこのお宮も子供たちの遊び場を兼ねていました。

建物は戦前に作られたお百姓さんの家。
いわゆる玄関というものはなく、出入り口の引き戸を開けると土間になっていて中ほどには大きな「かまど」があり、右手に台所とお風呂、左手に一段高くなった居住スペースである畳の部屋といった作り。
雨風をしのぐためか外廊下と縁側は付きものでした。
トイレは外廊下の一番奥にあり、ペーパーは新聞紙とちり紙の両方が置いてあったような気がします。

昭和45年頃の神奈川県でこんな感じです。
お風呂が薪や石炭からガスに変わっていくのは、丁度このころからじゃないでしょうか。
そう考えるとほんの少し前までかなり自然に寄り添った暮らしをしていたわけです。
水道は井戸も併用し、電話はダイヤルのないタイプも置いてありました。

クルマや白物家電がものすごい勢いで普及し始めてから、まだ50年ほど。
他所のお宅に比べて貧しかった意識はなく、そこにあったのは昔の庶民の生活そのもの。
物心ついた時からこの環境だったため、何の違和感も無かった。

遊び疲れた子供のおやつは、ばーちゃんが握ってくれる「おむすび」
具材は大豆感たっぷりの自家製味噌か塩おにぎりが定番、たまに出てくる「ぼた餅」はとてつもないご馳走でしたね。
もちろん米は田植えから稲刈りまで一族総出で作ったもの・・・
それが当時の原風景であり、まさに自給自足の生活。
今でいう地産地消だった。

「街の灯り」
このころの歌謡曲っていいですね。
長くなってきたので田植え、お祭りのことは続きで・・・

継続は力 ~ ベニスの愛 - 2016.09.28 Wed



長く頭の片隅にこびり付いて離れなかったサイトリニューアルがやっと一区切り、夏が終わり宿の方もいつものペースに戻りつつあります。

実は夏前から家内が始めたブログ「ときのあかり」が好評で、最近は公式ブログもアクセス数では太刀打ちできません。

ブログを含めたSNS(Social Networking Service)とは結局のところ「つながっている」ということがキーワードのようで、誰かとリンクしている嬉しさとか安心感みたいなものが根底にあるようです。

継続は力なりと言いますが、公式ブログが10年、この忘備録ブログも投稿数が少ないものの5年の日々が過ぎています。「ときのあかり」も長く続いてくれることでしょう。

次回のお題は「母方の実家」の思い出話から始めたいと思います。



オーディオという言葉よりステレオが一般的だったころ・・・

少ないお小遣いで買った映画音楽のLPから、少年はかなりの影響を受けたんですね。

「ベニスの愛」1970年のイタリア映画。

忘れられたこの作品を見ることはないでしょうが、なにぶん作曲が思い入れのあるステルビオ・チプリアーニ。

70年代の気怠い雰囲気、今ではもう生まれない懐かしい音です。

スローダンサー - 2016.01.06 Wed




明けましておめでとうございます。

すっかり更新が滞っていますが、まだまだ続ける意思はあります。(笑)

実は宿のホームページを作っておりまして、ブログもそちらに移行しようなどと考えています。

今年は必ずリニューアルしますので、どうか末永くお付き合いをお願いします。


年初めは大好きな曲「スローダンサー」から・・・

ボズ・スキャッグスはすごくオリジナリティーのある人です。

こんなのどうやって思いついたのって曲を書くミュージシャンは多いけれど、その上で説得力のあるメロディーにまとめるのは難しい。


続・十八年間 - 2015.06.26 Fri

2年前の長男の後を追うように、次男が家を離れました。

夫婦二人だけの生活は本当に静かで、ポッカリと大きな穴が開いてしまったようです。


この子が生まれたのは宿の仕事も忙しく、長男が2歳の時。

一人で寝かせている時間が長く、あまり抱っこをしてあげられなかったことが未だに心残り。

3歳から保育所に入所、兄のあとをいつも追っていた姿が忘れられない。

なぜか物怖じしない性格でちょっと目を離すと知らない人に話しかけている、そんな子でした。

でもそのままスクスクと成長できるほど世の中は甘くなかったですね。

良きにつけ悪しきにつけ、出会う人に左右されるのが人生・・・

後ろ向きになり不安定な一時期もありましたが、恐れずに自分自身を出すことで高校生活はとても楽しめたようです。


出発の朝になっても荷物はまとめておらず、朝からバタバタ。

「まったく、お前は・・・」

と最後まで小言を言われながらの旅立ち。

今回も見送る羽目になった私の役目は、散らかり放題になっている息子の部屋の片づけです。

整理をしているうち、スライドが切り替わるように次男との映像が流れだしました。

何もしてやれなかった無力さと、もっと力になれたはずなのにという後悔の念が無性に込み上げてくる。

「がんばれー、がんばれよ」、思わず声にしていました。

ごく平凡な家庭の一場面かもしれませんが、今回もダメなオヤジです。


再スタートから3ヶ月。

口にこそしていませんでしたが、田舎育ちの息子にとり都会での生活は相当不安だったと思います。

でもそれは誰でも同じこと、世界が広がる良い機会です。

ところが不安いっぱいだった新しい環境にも慣れ、意外と楽しい時間を過ごしているらしい・・・

人に恵まれたんですね。


出来の悪い子ほどかわいいと言いますが、些細な出来事がとてもうれしい。

先日会った時には、心なしか以前より笑顔が増えた気が・・・

それだけで、親は幸せです。


父方の実家~その2 - 2015.03.25 Wed



父方の実家でのふる~~い思い出話から・・・

私が3~4歳の頃、父は大工の見習のようなことをやっていました。

勤めていた小さな会社に母の治療費の借り入れを申し入れ、断られた末の転職でした。

母が入院していたため、よく二人でお世話になっていたわけです。

仕事に行く父の車を追いかけて困ったとよく聞かされました。

現場が近い時には知らぬ間に三輪車で出掛けていたようで、それなりの行動力があったらしい・・・

今の時代はそこまで自由ではないですが(笑)


ピンキラの「恋の季節」

まぁ~よく流れてました。

少し前にも書いたように、耳から入るものは残るんですね。

あのころの実家はもう無いけれど、かすかに映像は頭の中にストックされています。


父方の実家~その1 - 2015.03.01 Sun



父方の実家では「おじいさん、おばあさん」、母方の実家では「じーちゃん、ばーちゃん」だった。

今回は父方の実家のお話を・・・

物心ついた頃、半世紀ほど前でしょうか、祖父祖母は健在でした。

まだ60代前半だったと思いますが、見た目はすっかりお年寄り。

母親が病気がちだったため、小学校に上がるまではよく預けられていました。

年の近い従兄妹がいたから、も~毎日が楽しくてね、今日は何して遊ぼうかって・・・

おじいさんは病気でいつもベッドで寝ていて、年の割には背が高くかなりやせ細ってた。

昔の人なので優しくしてもらった記憶はあまり無く、憶えているのは悪さをした時の鉄拳制裁!

悪戯をすると、孫たちはおじいさんの前に連れて行かれるわけです。

さすが戦争体験者、迫力満点、まぁ~怖かった~

間もなく祖父は亡くなりましたが、なぜか私にだけ少し財産を残してくれたと後になって聞き、色々と考えてくれていたんだと有り難く感じました。

結局、何ももらわなかったんですけど(笑)

話は変わって、おばあさん・・・

近所のお年寄りが集まって来ては昼間から花札です。

常に和服、火鉢を囲んでキセルで煙草、人になついていない三毛猫がいて・・・時代ですね。

どこにでもあるごく普通の農家で、子供ながらにうちは代々百姓なんだと思ってました。

その2に続きます。


弘田三枝子の「人形の家」はその頃の思い出。

まだ洋楽に触れる前、ブラウン管から流れる歌謡曲がすべてだった。

歌が上手いのはもちろん、鼻にかかった声が魅力かな。

この伝わる感じはなんなんでしょうかね・・・

いつまでも、声だけは忘れない - 2015.01.16 Fri



歳を重ねることで成長すると思っていた若いころ・・・

過去をさかのぼることが多いこのブログ、昔を思い描く絵がいつの間にかかすんでいる。

悲しいかな、凡人には蓄積されるより、忘れ去ることが多い。


人や物、その名が思い出せない、出てこない。

質の良くない映像は浮かべど、あれ、それ、だれ~~と言葉にならない。

50代からはこれが顕著に・・・

どうしても名前は思い出せないのに、仕草や表情、そして声を忘れないのは不思議なこと。

言葉のフィルターを通さない五感は、かなりの過去まで記憶しているのかな・・・



声ということで、チープ・トリックのヴォイシズ。

シンプルだけど、リック・ニールセンのギターが良い雰囲気を出してました。

あの頃を思い出す音色です。


また新たな年のスタート、どうぞ本年もよろしくお願いします。


時間の感じ方 - 2014.12.26 Fri



同じ10分でも子供と大人では、感覚が違うとのデータがあります。

年を重ねるごとに短く感じるらしいのですが、もちろん個人差も。

楽しく過ごしているならば、有効に時間を使えているならば、それはとても短い。

楽しみのために感じる時間はあっという間で、意味のない時間を過ごすことはストレス。

授業中に襲われる睡魔に耐えるのは、ほんの5分でも途方もなく長かった。

誰でも、できることなら時間を楽しみたい。

買い物の品定めや旅の計画、誰かとの待ち合わせだったり・・・ね。

個人的な想いとしては、「そろそろゴルフに・・・」 (笑)

時間は感じ方が大切、自分の意思に忠実に生きていければ、それは幸せ。

とっても難しいことですが・・・


今年はあまり更新ができませんでした。うまく時間を使えてないなぁ。

ジョー・コッカー - You are so beautiful

どうぞ良いお年を・・・


エンディングテーマはしんみりと - 2014.11.23 Sun



子供たちが中高生になるとアニメのDVDやマンガ本が本棚を占領し始めました。

面白いからと薦められて読んでみるが、数ページでギブ、ア~ップ。

自分でも10代の頃まではマンガ雑誌を読んでいたのに、今は絵があるとダメよ~ダメダメ???
なんだか落ち着かないんですね。

この一件で改めて年を実感した次第。


いつの間にやらお酒が美味い、ワサビ抜きの刺身が物足りない。まずは味覚あたりから変化し始める?

それが大人になるということではありませんが、感性は常に変わり続ける。

精神年齢は高校の時から成長していないが・・・



次男が大のガンダム好きでガンプラ(ガンダムのプラモデル)をよく作っていました。ギリギリのヤマト世代にはこれを理解するのは難しい。

実はガンダムとイデオンは高校生になった頃に見ましたが、ロボットアニメに興味を持つには少々年をとり過ぎ・・・

ストーリーはともかくロボットなどのデザインは子供向け。でも声優の質は高く、カメラワークというのか絵の見せ方がハリウッド映画の様で迫力がある。さらには手抜きなしの贅沢なBGM。良い作品を世に送り出したい、その気持ちが伝わってきたのは確か・・・


ちょっと大げさなオープニングに始まり、最後に余韻を残す終わり方・・・

ヤマトの真っ赤なスカーフは、外国には絶対にないであろう雰囲気のエンディングテーマ曲だった。

そして今回の1曲は戸田恵子の「コスモスに君と」

こんなの日本だけでしょ。


芝刈りのあとのエルガー - 2014.09.09 Tue



夏は足早に過ぎ、辺りはすっかり秋の気配。

今年の夏は陽射しが少なく庭の芝生も刈りこむ回数が減りましたが、刈り終えた庭の緑をベンチに座り眺めることがとても好きです。

さわやかな風が吹き、高くなった秋の空をゆっくりと雲が流れる・・・

ひと仕事終えたあとの満足感、そして空を見上げた時の安らぎ・・・

何も考える必要もないこの穏やかさは、この季節ならでは・・・


大好きなエルガーの「弦楽のためのセレナーデ」

この景色にはこの曲が合う。


ベストスコアを更新! - 2014.06.07 Sat

ゴルフを始めて早2年半。17ラウンド目で、初めて100が切れました。

去年の春ごろからその面白さには目覚めていたわけですが、所詮は春秋限定の月一ゴルファー。

ここ最近は105、105、111と、高くて厚い100の壁。

やるからにはそこそこ上手くなりたいし、颯爽とコースを歩きたい.

本来、ゴルフとはそういうもののはず・・・


自分なりにはアイアンをある程度使えるようになれば、100は打たなくなるのではと推測。

と言うより他のクラブは難しく、とてもマスターできそうにない。

ドライバーを曲げず、FWをジャストミート、パッティングの距離感・・・

止まったボールを打つだけなのに、これがさっぱり。


熱心な割にボールを使った練習をサボり、今年もまだ100球ぐらいしか打てていない。

技術的な裏付けがない上に、ぶっつけ本番でのラウンド。

悲しいかな、ベテラン揃いの仲間内コンペでも万年ブービーが指定席です。

ゴルフは想像以上に理屈が大切で、まずは書籍でイメージトレーニング。

ただし、紙を読むだけでは右から左でどうにも頭の中に定着しない。

やはりコース上での成功体験を積み重ねることが上達には欠かせないようです。

アドバイスしてもらったことが、その場で再現できたりするとかなり話は早いので・・・


いつも「今日こそはベスト更新」の意気込みでコースを回り「あぁ、全然ダメだ~」の連続。

ところが、ついに掴んだような気が・・・自分なりのアプローチの極意を!

そしてすべてのクラブでテイクバックが間違っていたことにも・・・

詳しいことは省略しますが、おそらく勘違いです。 (笑)


そんなこんなで17度目のラウンド、終わってみれば95打でホールアウトしあっさりと100切り。

更なる高みを目指して90切りなどと調子に乗っていると、また百獣の王(110打つこと)に逆戻りが関の山。

ここはしっかりと100で回れるように実力を付けたいですね。

まずは、めでたしめでたし。


「日曜洋画劇場」エンディングテーマ - 2014.05.15 Thu



中学生にもなると自然と映画に興味を持ち始めますね。
もちろん劇場の大スクリーンは特別かつ間違えのない超大作のみ。

40年も前のテレビは外国の吹き替え放送も多く、番組は玉石混交の時代。
実にバラエティーに富んでいました。

それに比べ、今は一面的で面白くないな~が実感。
映像などのハードは進化しようとも、ストーリーはセンスが必要。音楽も同じです。

あの頃は見るもの聞くもの新鮮だったから、慣れれば鈍感になるのも致し方ないことか・・・
ブラウン管の小さな画面に映し出された映像が今は懐かしい。

テレビでの映画番組は前後の解説とテーマ曲が入りその分本編はカットされていたわけですが、今から始まるぞ感があって良かったようにも思います。

そのテーマ曲の中でもこの曲、印象に残っている人が多いんじゃないでしょうか。
コール・ポーターの「So In Love」という曲であることは知っていたのですが、肝心の音がない。
動画が共有されるようになり、簡単に見聞きできる手軽さに感謝です。

深いえんじ色の布?カーテン?をバックに浪々と流れるエンディングテーマ。
映画の内容に係らず何となく見終えた満足感を感じられる力がこの音楽にはありました。

日曜日が終わってしまう寂しさを感じつつ・・・
心はお茶の間から外国へ旅したような錯覚にとらわれる瞬間でもあった。


タミー ~ デビー・レイノルズ - 2014.04.18 Fri



雪の重みはたくさんの幹や枝を折りました。

普通なら入れない高さの花壇には雪の嵩を利用し、モグラが侵入。

球根類を文字通りモグモグと平らげてくれました。

秋に植えたビオラもシカがパクパク・・・

でも良しとしましょう(笑)

根が生きていればいつか新芽を出してくれるでしょうし、花はまた植えればいい。

より大変な目に合うと、些細なことは気にならなくなるものです。


タミー / デビー・レイノルズ

ルーカスの出世作「アメリカングラフィティ」のサントラで知りました。

デビー・レイノルズがキャリー・フィッシャーのお母さんというのもその時に。

レイア姫のキャストと何か関係があるのかな?とも・・・

語り掛ける優しいメロディと古き良き時代の映像。


スターティングオーバーとはやり直すこと。

そのチャンスがあるだけで、幸せです。


大雪の日に・・・ - 2014.03.10 Mon


フランシス・レイ「白い恋人たち」

2月8日に70センチ、14日に150センチの観測史上最大の積雪を体験しました。
8日の70センチでも10年に一度の大雪、その一週間後に倍以上も降るとは思いませんでした。

1階の窓は雪に覆われ陽の光が届かず、朝になっても室内は暗いまま。
外に通じる扉はすべて雪の重みで開くことができない。
電気と水道が使えたことが救いでした。


降ったばかりの雪は未だサラサラのため、ひと一人が出れる隙間をどうにか裏口の玄関に見つけ雪かきを始めました。
吹き溜まりでは3メートルにもなる未経験の雪・・・

当然かいた雪を置く場所がないので、少しづつ踏み固めながらスペースを確保するしか方法が思いつかない。
初めは階段状に1メートルほど踏み固め、やっと体が雪から出ると屋根がすぐ近くに見えました。
屋根に積もった雪が落ち、自分自身が埋まる危険も感じながらもやるしかありません。
手作業での雪かきはそれから2週間以上続くことになります。


国道が3日間、生活道路は4日間通行ができず、ニュースそのままの孤立状態。
今回の山梨を含めた近県での大雪による被害は予想を超えるものではありましたが、そこにはやはり理由があったと思います。

「寒冷地の山梨に除雪車が一台もないとは・・・」

50センチまでの雪でしたら道路工事用の車両でも除雪作業は可能ですが、1メートルともなると除雪専用車の10%以下の能力でしょう。
北海道は400台近くを所有しているそうですし、今回も新潟県から除雪チームが来て一日でかなりの距離を通れるようにしてくれたそうです。

一台の車両が立ち往生することで路線は一瞬で通行不能の大渋滞となり、さらに自分だけはとその渋滞を逆走したクルマが途中でスタックし、除雪車の通るはずの道を塞ぐ。この迷惑な車両を最初に移動(=助け出す)させなければ先に進めない悪循環。その間、雪は絶え間なく降り積もる・・・

4WDやスタッドレスタイヤは少し雪が積もれば何の役にも立ちません。
徒歩でさえ膝までの雪が移動できる限界です。
顔の見える距離であっても、安全に移動するには除雪を待つしかない。

世間ではオリンピックのフィギュアスケートに熱中している頃。
1000人を超す人たちが雪に埋もれる氷点下の車内で、救助を待っていました。


危機管理を問われている今・・・

優先すべきは何なのか?それほど難しいことではないはずです。



ファンタオレンジの味 - 2014.01.12 Sun



母親が病気がちだったため小学校に入るまでは、親戚の家に預けられていたことは以前にも書きました。

本家の叔父さんはダンプの運転手をしていて、たまに従兄弟二人と私を乗せてドライブに・・・
おそらく仕事だったとは思いますが、その頃は何も解らず子供たちは遠足気分。

乗り込むだけでひと苦労、高いところから見る景色は遊園地さながらの特別な気分を味わうことができる貴重な時間だった。

道すがらのお店でいつも休憩をとるわけですが、この時に飲むのが決まって「ファンタ」(もちろんビンの)年上のいとこはグレープ、一番年下の私はいつもオレンジ。いとこ二人は僕より2歳と3歳年上なだけなのに・・・

「よし坊にグレープは、まだ早い」と。※幼少の頃、よっちゃん、よし坊と呼ばれていた。

ダメだと言われると飲みたくなるのが人情。
「早くグレープを飲めるようになりたい」と思ったものでした。

ところで昭和40年代の初め頃のファンタ、現在とはまったくの別物。
記憶ではあまり甘みはなく、キツ~い炭酸にぶどうとオレンジの色が付いているだけの、お世辞にも美味しいとは言えない代物。今のように飲み物の種類はなかったから、そんなファンタでもご馳走でした。

この頃の思い出ということで、今回はウルトラセブン。
イギリスにサンダーバード、アメリカにスターウォーズがあるなら日本にはこれ。
円谷プロの特撮シリーズでもセブンは別格。
セブンについてはまた後ほど・・・


どうぞ良いお年を・・・ - 2013.12.26 Thu



神奈川からこの地に来て、23年が過ぎました。

美しくそびえる雄大な富士山に清々しさを感じながらも、「これでよかったのか・・・」と漠然と思う。

どのような立場の人でも、時として何かに迷う瞬間があるはずです。

地域には馴染んでいるし、周囲の人達も良くしてくれる。

ただ、どれだけ時間を経ても生まれ故郷は別の場所。

ふるさとを離れた人たちほど自分のルーツに拠りどころを求めたくなるものですが、それは土地ではなく家族や友人との想い出でしょう。

順風満帆で不安になり、事が運ばず落胆する。でもこの繊細さが大切・・・

時間なのか距離なのか、何やら遠くに来たように感じる昨今です。


今年の最後は「Truly」

ライオネル・リッチーの目には優しさがいっぱい。 そこが良い・・・

どうぞ良いお年をお迎えください。


O Holy Night ~ ケルティック・ウーマン - 2013.12.24 Tue



12月半ばから流れたクリスマスソングも明日まで・・・

ディナーの最後を飾るのはケルティック・ウーマンの「オー・ホーリー・ナイト」

キリスト教徒ではなくとも、心に響く神聖さを感じます。

数ある同曲の中でも、このアレンジはとくにいい・・・

ダイニングのピアノ - 2013.11.27 Wed



来日中のポール・マッカートニーを朝のワイドニュースがよく取り上げています。

実はダイニングにあるピアノ。

ヘイ・ジュードのプロモーション映像でポール・マッカートニーが背の低いピアノを弾いていたことが少なからず影響しています。
でも改めて見てみると、カバーを外しただけのアップライトピアノ???

思い込みとは恐ろしいもの。
2か月間のバイト漬けで、40万円以上もする代物を買っちゃうパワーが凄い。

若さって、、、素晴らしい (笑)

まぁ、今もダイニングに鎮座しているので、良しとしましょう。


※ビートルズのピアノ曲
ヘイ・ジュードをはじめ、レディ・マドンナやオブラディ・オブラダ等々・・・
割と簡単なのでそこそこ弾けるようになりました。

ロマンス ~ フィンジ - 2013.10.26 Sat




秋は外での仕事が多くなります。

咲き終わった花壇の花を整理して、落ち葉、堆肥、油粕で土を作る。

また訪れる春の準備をするためです。

伸びすぎた枝を払い、雑草をむしり芝を刈る。

地面に這いつくばりながら、なんでこんなに草が生えて虫がたくさんいるのか?

「でもこれって、全部生きてるんだよなぁ」と思うことも・・・

私たちが実に多様性に富んだ世界を目にすることができるのは、生命の成し得た奇跡なんですね。



音楽を聴きながら庭仕事をすることもあります。

無名ですが英国の作曲家「ジェラルド・フィンジ」は私のお気に入りです。

秋はとくに・・・


ハイウェイスター ~ ディープ・パープル - 2013.10.10 Thu



先日のテレビ朝日のアメトーーク。

この回はハードロック芸人。

前回の橋幸夫も良いけれど、ハードロックというジャンルには近づき難いオトナの響きがありました。

世界的にはレッド・ツェッペリンなのでしょうが、日本ではディープ・パープル。

ジミー・ペイジのギターよりもリッチー・ブラックモアのメロディの方が解りやすかったのかな。

「コミュニケーション・ブレイクダウン」が~、などと語る通ぶった輩もいましたね。

この頃、レコードを買うのに冒険はできない。

検討の結果、初めてのレコードは「ハイウェイスター」に・・・

後に例のFM放送でツェッペリンとパープルのLPはめでたくカセットに録音。

あまり熱心に聴かなかったので、内容云々より一応知っておきたかっただけだったかもしれません。

まぁ、ほんの少し世界が広がったのか?

・・・そうでもないか。

「雨の中の二人」 ~ 橋幸夫 - 2013.09.21 Sat


橋幸夫 「雨の中の二人」 投稿者 hiro32612000

まだ子供のころ、母親が橋幸夫の大ファンだった。

ステレオも無いのになぜか「霧氷」など、レコードは何枚かありましたね。

ある日のこと、どこからか調達してきたのか、アタッシュケースの中にプレーヤーが組み込まれている再生機器が我が家に・・・

これがまた音質が最低の粗悪品。

けれども、それで十分でした。

レコードが聴けるんですから・・・


とくに「雨の中の二人」が好きだった。

いまでもこれを超えるイントロってあるのかな?と思います。

曲が流れた瞬間、もう昭和にタイムスリップです。


発売は年昭和41年(1966年)

物はまだ満ち足りていなかったかけれど、一番幸せな時代だったのかもしれません。

ビートルズ ~ シー・ラブズ・ユー - 2013.08.19 Mon



屋号の「スターティングオーバー」からジョン・レノンの曲だと勘違いされることは宿をオープンする際、少々気になりました。

もし宿泊先で一日中ビートルズナンバーが流れているのは、個人的にはちょっと厳しいかなと・・・

もちろんビートルズは大好きですし、レコードも少ない小遣いを絞り出し買いました。
なぜなら、ハズレがない。エリック・カルメンの時にも書いたように捨て曲が無い数少ないLPだったから・・・

70年代の半ばを過ぎた頃でも、ビートルズは誰しもが通る道だった。

悪いことをすると、ビートルズ(=不良)みたいになっちゃうよ?などと言われた時代。
ビートルズが何者かも知らない子供に言うセリフ?
子供の頃は「相当悪い奴らなのだろう」と思っていました。


「シー・ラブズ・ユー」

テレビで流れたのを耳にした記憶があります。
初めてのビートルズは衝撃的だった。
もしかしたら生涯一番かもしれない。


コメントへのお礼 - 2013.07.17 Wed

クルマの運転中やチェックアウト後の掃除をしている最中、このブログで書こうかと思うことが時には良いフレーズなども含めて、頭の中に浮かんできたりします。

ところが、いざパソコンの前に座るとまったく文章が出てこない。
子供の頃から作文は大の苦手で、記事によっては丁寧な文体で書いてみたり、そうでなかったりと一貫性に乏しい。なるべく簡潔で読みやすい文章を書くにはどうすれば良いのか?
いつも迷います。

読む本は実用書の類が多く小説などをもっと読んできていれば、少しは色彩豊かで小洒落たブログにできたのかと感じることも・・・


ブログのスタートから丸2年が経ちました。
お客様からの「ブログ、見てます」との有難いお言葉が素直にうれしい。

そして何より、時折りいただく温かいコメントやメール。

ただ単に自分の想いを綴った私的忘備録のはずが、価値観や想いを共有できる。

なんて贅沢なことでしょうか。心の中はホカホカです。

これからもマイペースでコツコツと続けていきます。
書きたいことはまだまだ、たくさんありますので・・・(笑)


「悲しきサルタン」 ~ ダイアーストレイツ - 2013.07.12 Fri



ダイア・ストレイツのことは詳しくありません。

前回のKISSとは対極の雰囲気ということで・・・

ラジオで初めて聴いたときはギターの音がなんだか懐かしいなぁ・・・と

でも、デビュー曲でインパクトがあると次の曲が難しいだろうとも感じた。

確かにディラン風だけれど、改めて聴き返してみるとクラプトンにも声が似ている。

ボーカルよりもギターのセンスが光ってました。

中学生になり洋楽をかじり始めると、最新のヒットチャートと同時にビートルズ、レッド・ツェッペリン等の定番をひと通り聴くのが70年代のお決まりのパターン。

NHK-FM だったか?有難いことに一組のアーティストを取り上げ、全アルバムの一挙放送をやってくれてました。それも結構ハードなバンドまで・・・

せっかく録音できるチャンスだったのに、カセットテープが高価で1~2本にまとめることしかできなかった。

デトロイト・ロック・シティ - 2013.07.08 Mon



今まで記事にした歌謡曲もレコードを買うということは一切無く、ただテレビの画面から流れていただけ。

レコードらしきものといえばテレビまんがの主題歌などが入ったソノシート。

あのペラペラの赤や青のビニール製レコード。

ソノシートは雑誌の付録だったようですが、僕が持っていたものは誰かから貰ったもので買った記憶はありません。

まぁ、レコードは友達の家に行って聴かせてもらうのだった。

中学生にもなると一人前に音楽に興味を持ち始めると同時に、ジャンルは洋楽へとシフトしていくことに。

当時は外国のテレビ番組や洋楽が普通に放映されていましたし、友達の影響などもありすんなりと・・・

まだまだ外国への憧れが強かったのかなと思います。




「デトロイト・ロック・シティ」 ~ KISS

これは友達にLPを聴かせてもらいました。一度聴いて、も~これは次元が違う・・・

KISSはハードロックバンドのくくりになっていますが、メロディーが分かりやすくて意外と洋楽初心者にも敷居が低かったのかもしれません。

でもこれは氷山の一角、洋楽の世界は途方もなく広かった。


校門を出た所でのお話 ~ その2 - 2013.07.04 Thu



今回も校門を出た所でのお話。

前回のパチンコ台は一度だけだったと記憶してますが、何度か見た覚えのあるものが「ひよこ」

下校時、例によって用水路沿いに堂々と平たい段ボール箱をいくつか並べている人が・・・

今回は女の子も含め、結構な人だかり。たぶん、そこそこ売れていたはず。

当時は各地でお祭りが盛んに行われていた時代。

そして夜店では定番の金魚すくいの他、ミドリガメとかひよこ等も売られていましたね。

察するにお祭が終わった後の売れ残り?

何しろ生き物ですから、在庫にはできない。売り切らないと・・・

今ならひよこを買ってきて、その後はどうするのかとなりますが、あの頃はちょっと庭があればニワトリを飼っているお宅も珍しくなかった。我が家もつがいで飼って、卵を産ませていました。

黄色いひよこがピンクやブルーに着色されて、さすがに問題視されたことも・・・

子供の視点から見れば、これも楽しい催し物のひとつ。

固いことを言わないのが、昭和です。


「みずいろの手紙」

73年(昭和48年)に発売されたあべ静江のセカンドシングル。

美しい声とメロディーラインが当時の雰囲気を伝えてくれる。

独自の発展を遂げた歌謡曲は、この70年代に様々な意味でピークを迎えたように感じます。


校門を出るとそこには・・・その1 - 2013.07.03 Wed


ちあきなおみ四つの 投稿者 devotion0311

私の通っていた小学校は敷地に入るの前に幅が5~6メートルほどの川というか用水路がありました。

下校の際は校門を出て橋を渡るのですが、用水路沿いに子供たちの姿が・・・

近づいていくと何やら長四角の台のようなものがズラ~っと並んでいます。

実はコレ、パチンコ台。

もうだいぶ昔のことなのでうろ覚えですが、一台1,500円~3,000円ぐらいの値段が付いていたような?

そう、小学生相手に売ってたんですね~。それも校門を出て直ぐの場所で・・・

確か枠は付いていなかったかな、おそらくパチンコ屋の台の入れ替えで出た物なのでしょう。

今なら怪しすぎて強制退去?でしょうけど、何でもありの昭和の時代。

今風に言えばフリーマーケット?

お客さんは次から次へと出てくる学校帰りの小学生。

その頃の子供の目から見ると、本物のパチンコ台は物凄く精密なマシーンだった。

ちなみに、この年までパチンコ経験はゼロ。

みんな欲しがってたけど、何台かは売れたのかなぁ?


※ちあきなおみの「四つのお願い」

伴奏も歌も良い味出してますよね?

のどかで平和な時代でした。


宝塚記念を観て・・・ - 2013.06.26 Wed

中学生だった頃・・・

スポーツ新聞を30分掛けて隅々まで読むことが毎朝の日課でした。

ところが読み飛ばすページがありました。それが競馬欄。

大きく割いて特集される記事にもまったく興味を持つこともなかった。

「紙面の無駄だよ・・・」


日本経済がバブルに浮かれはじめる少し前・・・

国際招待レースのジャパンカップが創設され、84年にはグレード制を導入。

井の中の蛙だった競馬界も国際化の時代に突入するわけです。


以前にも書いたように、このジャパンカップを切っ掛けに競馬欄もガッツリ熟読。

レース前のファンファーレ、ゴール前の競り合いとゴール後の脱力感、そして大歓声。

何やら胸を熱くするものがここにも「あったぁ」


宿を開業してからは縁遠くなっていた「馬」ですが、先週の宝塚記念を久し振りにテレビ観戦。

宝塚記念は上半期のオールスター戦です。

勝馬のゴールドシップは芦毛(後に白い毛になる馬)となれば、思い出すのはオグリキャップ?

ではなく、私的には断然タマモクロス。

華奢な馬体からアメンボウのようなすり足で、音もなく馬群をすり抜けてくる独特の走り。

確か、鳴尾記念が初めて見たレースだったかな?

他にも函館記念のサッカーボーイの末脚とか当時のことを思い起こすとキリがない。

・・・

長くなりそうなので、今日はここまで。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

スターティングオーバー

Author:スターティングオーバー
私的忘備録。
懐かしい思い出を振り返りながら、思うままに書き続けていきます。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (7)
ご挨拶 (2)
時事問題&NEWS (6)
映画 (10)
クラシック (8)
洋楽 (20)
邦楽 (4)
テレビ (9)
昔ばなし (13)
ヘタレゴルファー物語 (4)
たまに想うこと (1)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。